このブログを検索

2012年10月23日火曜日

なんだか煽られてる


どうやら最近、2ちゃんねるの某掲示板の中でたびたび中傷されている(らしい)。
私は普段2ちゃんねるは見ないのだが、今年の夏、取引先の担当者から掲示板に私の名前が出ていることを知らされた。
その後もたびたび名指しで酷い中傷をされているとの事だった。
放っておこうかと思っていたが、古巣にも迷惑がかかるし、主張しないのは黙認したことにつながりかねないと考え、一度だけ、守秘義務違反にならない範囲でそもそもの出発点になっていると思われる書き込みについて当時の状況を書いておくことにする。
2ちゃんねるの該当掲示板ではなくあえて自分のブログに書くのは、あの掲示板の趣旨とは無関係な話になる上、発言者を明確にするためだ。
また、以後いかなる煽りがあっても二度と反応しないと決めている。ここだってそれほどアクセスのあるブログでもないし、この文章自体精神衛生上の措置。自分の気がすんだら消すつもりだ。



当時、未来館には書き込みにあるような「事務局」という組織ないしは部署は存在しなかった。
運営局、または企画局という呼称が内外に定着しており、事情通であればそもそもそんな初歩的なミスをする事自体不思議な話だ。
次に、「私が自らの立場を悪用して云々」という記述だが、当時の私の立場は館の運営管理を委託された広報財団の一職員(運営局)にすぎない。
ごく一般的な消耗品などを除き、一定金額以上の調達に関しては随意契約(一社購買)は認められず、二社、三社の見積書を比較の上、最もリーズナブルな納入業者を選ぶよう徹底されていた。
加えて一方で展示更新の入札など高額の案件は館の別室に常駐する科学技術振興機構(企画局)の仕切であり、私が立場を云々することなどそもそもからして不可能な話なのである。
本案件の導入に関して、私は先行事例として三鷹の4D2U、ハワイのイミロア天文教育センターなどをリサーチし、自身の職責の範囲内で技術的なサポートを行った。(もちろん単独行ではない)
それ以外でたった一点、強く私が願い出たのは、本案件の入札資格は緩和するべきであるという主張だけだ。

ご存じの方も多いが、実現性を担保するため、官公庁の入札には通常その契約想定額に応じて入札できる会社規模(資本金、売上規模など)が等級という形で厳密に規定されている。
この時の案件規模では、本来それなりの規模を持つ企業しか参入できない。しかしながらベンチャー企業の持つ特殊な技術を前提にしたものなど、考慮すべき合理的な理由があれば特例的に入札条件の緩和が(ごく稀に)許可される事がある。ただ、その実現のために担当者がどのくらい汗をかかなくてはいけないか、特例を通した当時の担当者の努力には本当に頭がさがる。

そんなわけで、本来なら意図を加えずとも一定規模以下の企業は排除されてしまう。
しかしながら、最終的に当時の官報にどのように記述されているか、調べてみればわかる。それが何を意味するか、素直に考えればだれでも理解できるはずだ。

また、公開された入札仕様書では、一項を設けて現光学投影機との積極的連携が明確に要求されている。もし私が本当に立場を利用でき、特定の企業に便宜を図る意図ならその障害になるような項を設ける必要などそもそもないはず。
重ねて言う。私がやったという特定業者への便宜、あるいは特定の人物への私怨など、いずれも単なる憶測にすぎない。

確かに私は、2005年の11月、それまでの職を辞し、他所に転職した。理由は個人的なことだが、揶揄されているような不正めいた理由ではなかった事ははっきり明言しておく。
事務所の鍵を返却し、二度と戻らぬ扉をくぐった日から3日くらいはこちらの意見が理解してもらえぬ悔しさに反感も持ったが、その後前職場やその代表者に継続的な怨みや嫉妬心を持ったことはなく、恐らくこれからも同様だろう。
信じるかどうかはそれぞれの考え次第だが、2ちゃんねる他に批判や非難の書き込みをしたこともない。これも本当に調べる気になれば判る話だ。

そもそも、私は過ぎてしまった事にあんまり執着がない。
それなのに数年後未来館に戻ったのはある恩人への義理があったからだ。
科学館は好きな仕事ではあったが、一方で先行きがきわめて不透明な業種でもある。その人物の勧めがなければ恐らく採用試験を受けることもなかっただろうし、今でも別業種で普通に仕事をしていただろう。そっちはそっちでやりがいもあったからだ。

2012年7月28日土曜日

EOS M登場

ちょっと前の記事で書いたけど、巷の予想通りキャノンのミラーレス「EOS M」が登場。9月には店頭に並ぶらしい。
ところが、これがちっとも萌えない作りでなんともガッカリした。
その気になればフルサイズ一眼のマーケットを喰い荒らすくらいの過激さを期待したのだけど、なんとも平凡な作り。キャノンの社内会議の様子が目に浮かぶよう。

「そんなものを出したらうちのドル箱、EOSシリーズが売れなくなるじゃないか!」
「しかし専務(勝手にこう妄想)、現在フルサイズの一眼は国内では不振です。加えてスマホにカメラ市場が脅かされているんです。このままじゃ・・・」
「だからといって自分で自分の首を締める真似を許すわけにはいかん! もう少し地味なスペックにまとめ直したまえ」
「しかしそれでは売れない・・・」
「いいんだよ。他社との競争の手前、ミラーレスには参入するが、こんなものは本来邪道だ。 ウチの主要顧客であるプロカメラマンに受け入れられるはずはないんだ」

とかなんとか。
個人的には、多少高くてもいいからフルサイズのEOSをドブに捨てたくなるような超高性能のミラーレスを期待するのだが、やっぱり無理なんだろうか。
少なくとも、ミラーレスを選択する時点でメカ精度は関係なくなるし、レンズを別にすればCMOSと画像処理エンジンのスペックがすべてを決めるような気がする。
キャノンの画像処理エンジンはDEGICという独自開発のプロセッサで、現在6代目、かなり熟成も進んでいる。
動画撮影も、外部制御も、ソフトウェア次第でいくらでも実装できるのだから、その気になればあのコンパクトボディに全部入りの機体なんか簡単に実現できるはずなのだ。
高性能なカメラはでっかくなくてはいけないと誰が決めたのか。
そういえば昔、京セラがヤシカのカメラ事業を吸収してカメラ業界に参入するときに「サムライ」という片手持ちハーフサイズカメラを売りだしたのを思い出す。
デザインの斬新さとは裏腹に画質はハーフサイズとは思えないほど良くてびっくりした記憶がある。国内ではそれほどでもなかったのだけど、ネーミングもあって主に海外で人気だったと聞いたことがある。
高度なテクノロジーをベースにした、斬新なアイディア商品がメイドインジャパンから消えて久しい。
僕にはそれが、ソニーやシャープなどの凋落と重なって見える。

2012年6月14日木曜日

ロバのパン屋とか

自分が小学生になるかならないかの頃、家の近所に菓子パンの移動販売車がよく回ってきていた。
「ロバのおじさんチンカラリン、チンカラリンロンやって来る~♪」というテーマソングを流しながら軽ワゴンでやって来て、近所の公園の脇でしばらく停まって客をさばいていた。
一個数十円だったと思うけど、百円玉を何枚か握りしめてよく買いに行った記憶がある。
最近見かけないのは、コストがパンの値段に見合わなくなったのか、それとも日中住宅地にそもそも人が少なくて商売にならないのか。

ほかにも、軽トラの荷台に専用の圧力釜を載せた「ポン菓子」売りなどもよく見かけた。
お金の他に米を2合くらい袋に入れて持って行くと、何人か分まとめておもむろに釜に突っ込み、ザラメ糖らしきものを一緒に投入。しばらくあぶりながらハンドルを回し、圧力計の針を見計らって釜のフタを木槌で叩いて一気に開放。「ドカーン!」という音と大量の水蒸気ともに元の5倍~10倍ほどに膨れた甘い米菓子が金網のかごに吹き出してくるというもの。
要は急減圧で穀物内の水分が膨れ上がり、ポップコーンのように米粒そのものをふくらませる理屈なのだけど、減圧時の音が迷惑なのか、こちらも最近は見かけない。
ポン菓子そのものは今でもよく見かけるのでどこかで作ってはいるのだろうけど。

2012年6月12日火曜日

キャノンのミラーレス一眼が現実的に?

沈黙を守ってきた大御所がそろそろ動く、そんな予感を感じさせる。
きっかけはステッピングモーター駆動の小型レンズの発売。
某うわさサイトでは2012年6月頃に「三本の交換レンズとともに」ミラーレス機が発表されると言われていた。
おそらくそのうわさのもとになっているのが6月末発売予定のEF40mm F2.8 STM」と名付けられた極薄(パンケーキ)レンズ。加えて同時発表のズームレンズ「EF-S18-135mm F3.5-5.6 IS STM」であることはまあ間違いないところだと思う。現状ではEOSX6iとのペアで売り出しているけれど、6iはこんな小型のレンズと釣り合いのとれる機体とも思えない。
この妄想が間違っていないとすれば、EFマウントの豊富なレンズ群がミラーレス一眼のバックを強力に支える事になるわけで、後出しじゃんけんの有利さを差し引いても相当魅力的な機体になることはまず間違いないところ。
個人的に、ミラーショックのない高画質のカメラが欲しいとずっと思っていた。星の長時間撮影をするために簡易赤道儀にビデオカメラとスチルカメラを同架すると、ミラーショックでビデオの画像が激しくブレるからだ。インターバル撮影などで何度もシャッターを切ると追尾精度にも悪影響があるので正直困っていた。
発売は先のうわさサイトの最新情報では年末商戦直前だとか。
たぶん欲しくなるだろうな。今から貯金か。



2012年6月8日金曜日

FileMakerとSQLの連携について考える(1)

ちょっと前の事だけど、とあるDBシステムのフロントエンドを安価に設計できないか検討する機会があった。
僕はプログラミングの知識は凡人並なので、それでもひと通りのシステムが立ち上げられることを前提に色々考えてみた。結果、Linuxで動作するSQLサーバーをハブにして、他人に作ってもらうデータの機械収集プログラム部分と、Filemakerを使って自分で作るデータレコードの新規製作、集計インターフェース部分を連携させる工夫ができないかと思うに至る。
ところが、FilemakerがESSで対応しているのはOracleとMySQLのみのようで、それ以外のSQLはODBC経由でバッジ処理的な一方的書き出し、あるいは取り込みにしか対応しない。
仕方がない、リアルタイムにアクセスできる必要があるのでMySQLをとも企んだけど、結局ライセンス料で挫折。なかなかうまく行かないものである。

2012年6月4日月曜日

鍵が壊れた?

自宅の玄関の鍵が変。
現在の部屋は引渡しの時に不動産屋から鍵を二本渡された。一本を自分が、もう一本を妻が使っているのだけど、数日前から突然自分の鍵だけが使えなくなった。引っかかるとか、そういう甘いレベルではなく、そもそも鍵穴に差し込んでも右にも左にも一切回らないという徹底ぶり。
とりあえず妻の鍵と見比べてみても特に傷んでいるとか、変形している様子はない。
でもまあ確かにしばらく前から鍵のささりが若干渋いかなと思うことはあった。そのうち鍵穴にクレ556でも一吹きしようと思っていた矢先にこの始末である。
でもまあ、このズボラが唯一良かったのは、「鍵穴に潤滑油スプレーは厳禁!」という事を先に知った点。
賃貸なので以前の住人が潤滑スプレーを使っていたらどうしようもないのだけど(驚くことにふすまのレールにまで潤滑スプレーを使ったらしい痕跡があったのでその可能性が非常に高い)潤滑油がホコリを呼んで細部に固着することで状況がさらに悪化する可能性があるのだとか。
とりあえず、今の鍵をパーツクリーナーで徹底的に洗浄し、きれいになったところで鉛筆で鍵の溝や穴を軽くなぞってやる。鉛筆の芯に含まれる黒鉛が滑りをよくしてくれるのだそう。
さて、コレでどうだと勇んで試してみたがびくともせず。さてどうしたもんか?

(追記)
結局、数日後に鍵穴専用の潤滑パウダースプレー(鍵穴専用潤滑剤3069S)を購入して何度か抜き差しを繰り返し、ようやく復旧した。パウダースプレーとともに黒い油の塊が鍵の先について出てきたのでトラブルの元凶はこいつだった可能性が高い。

2012年5月25日金曜日

車検

プリウスに乗り換えて早いもので3年、最初の車検がやって来た。走行距離は間もなく10万キロ、明らかに過走行で、ディーラーは乗換えも勧めて来たものの、まだまだ足回りもしっかりしているので継続を決意。同型で既に走行用バッテリーを交換した例もあるとは聞いているけど、ハイブリッドの適切な乗り換えのタイミングって一体どのくらいなんだろう。手探りが続く。

2012年5月18日金曜日

LTEについて

docomoから機種変更優待クーポンが届いた。
今使っているXperiaを、Xperia acro HDに機種変更しませんかというもの。
個人的には高速通信が可能なLTE対応スマホの方に興味があって、どうせならacro HDじゃなくて富士通のarrowsX LTEあたりに機種変出来ないかとドコモショップに聞いてみた。
で、結論から言うと、当面LTE乗り換えはしないことに決定。
なんでも、現行機種(2012年夏モデル発表前)のLTE機はバッテリーの持ちがすこぶる悪いという評判で、ショップにもかなりクレームが入っているのだとか。
そういえば何年か前、ムーバからFOMAに乗り換えるときも似たような話があったなあと思い出す。
現行機種はFOMAとLTEのデュアル端末機なんだけど、LTEを使わないという設定が出来ないため、(LTEのサービスエリアが狭いせいもあり)端末がひんぱんに基地局をロスト。その都度基地局を探そうとガンガン電波を飛ばす(通話状態でなくても)のでバッテリーに負荷が大きい。
加えてFOMAとLTE両方のネットワークに対して常に自分の位置情報を通知している上、LTEはFOMAの倍の頻度で基地局とやり取りをしているため、通話中よりもむしろ待受中にバッテリーがガタ減りするのだとか。
関東圏ならまだしも、ウチみたいな田舎は移動のたびにLTEエリアを出たり入ったりせざるを得ないので、もしかしたらもっと条件が良くないかもしれない。
だったらもう少しLTEエリアが広くなって、LTEオンリー機が出るまで待とうとそう思った次第。

しかし、一方で現在使っているXperia acroはユーザーメモリが狭くて一つアプリを入れるためにひとつ消すみたいな状況。使い勝手が悪いからどうにかしたいと思っているのも確か。
うーん、どうにかならんものか。

2012年4月29日日曜日

金魚王国の崩壊

金魚が死んだ。
近所の縁日で金魚すくいをして、その翌日には死んでしまったけど、チビが知ると悲しがるだろうと、わざわざ似た種類の和金をペアで購入したもの。
いつの間にか色味が抜けて、片方が赤、もう片方が白でおめでたい紅白コンビになって二年。
特に赤は何度も白点病を発症し、その都度持ち直した粘り強い子だったが、今回は尾腐れ病から一気に病状が悪化し、昼には水槽の底で横たわったまま動かなくなっていた。
残されたもう白も目が充血して病状はあまり良くないのだけど、それでも相棒の死はわかったようで、横たわる赤のそばから離れようとせず、処分のために水槽から取り出すとその後狂ったように水槽中を泳ぎまわる姿がなんとも痛ましい。
別に宗教は持ち合わせてないけど、夕食前に家族全員で天国に行った赤のためにお祈り。
明日、埋葬。

2012年4月27日金曜日

ココログからBloggerに移転を試みる

長年使い続けていたニフティについて、解約の方向で色々と検討。
もともと旧ニフティサーブのFSFフォーラムに参加するために取ったアカウントで、ニフティサーブ自体が空中分解した今となってはほとんど継続の意味合いがなかった。それでもまあ自宅のネット回線のプロバイダとか、ブログの置き場として細々使ってはいたのだけど、いろいろ思うところあってついにとりかかることにした。
まず、一番重たいのがブログの引越。他人には無意味な内容でも個人の記録としてはそこそこ大事なものなので継続したい。ところが、ココログはブログの文章部分についてはエキスポートの機能があるのだけど、画像については全く考慮されていない。
仕方ないので一枚一枚手作業でPCに落とす。100枚近くあって正直嫌になった。
一方で文章については、このサイトを参考に、コメントも含めてさっくり移転。とりあえず、古い記事に埋め込まれている画像のリンクをどう修正したものかと思案中。やっぱり手作業しかないかな。

2012年4月20日金曜日

80年前の映像に残された日食映像から撮影日を特定

某放送局から仕事場へ、およそ80年前の8ミリフィルムに残された日食の映像から、その撮影日時を特定して欲しいと依頼有り。

ともかく見せてくださいという話で持ち込まれた映像を確認すると、肝心の太陽映像は輪郭がぼやけていてそれだけでは特定が難しい。
だが、インサートカットに日食を見上げている割烹着姿の女性達の姿があった。白い割烹着を腕まくりし、少なくとも真冬ではなさそうである。
さらに、女性の顔の傾きから、最低でも30度以上、イメージ的には40度から45度くらい見上げているように見える。
そして、次のインサートカットでは手水鉢の水面に映った太陽を撮影している。
手水鉢が真円だとすると、円の潰れ具合から45度くらい斜め上から見下ろしている事になる。つまり、太陽は水面へおよそ45度で入射していることになり、これで日食時の太陽高度がほぼ確定できた。

次に、遺族の話から、撮影者の没年は1941年である事がわかった。
8ミリフィルムは日本では1932年から一般に市販されたという事なので、1932年から1941年までの間に新潟地方で観測可能な部分日食をリストアップしてみると合計5回であることが判明。
この中から、太陽高度が45度くらいで日食が起こるものを調べると、日食の発生時間が早朝だったり、食分が浅すぎたりするものばかりで、条件をすべて満足するものは一件しかなかった。これでほぼ間違いなく特定できる。

1936年6月19日。朝日映像が北海道で「黒い太陽」という記録映画と撮った同じ日に、市井のアマチュアカメラマンが新潟で日食映像を残していた事になる。

わずか数分の映像に残された断片的な証拠から、その日時を特定するという推理劇。本当にゾクゾクするエキサイティングな体験でした。