2013年の年頭を飾るにふさわしい「ほこ×たて」名物の究極対決が放送された。
ご存じ「絶対に穴を開けるドリルVS絶対に穴の開かない金属」だ。
言うまでもなくこの企画は材料(冶金)工学と機械工学の対決なのだけど、対決した両者をよく知っているという人は理系出身であってもかなり少ないのではないかと思う。
最強金属を生み出した「日本タングステン」という会社自体、元は老舗の配電盤メーカーの下で地道に電極や電線材料を作っていたという出自に加え、TVCMも打たず、本社を未だに福岡に置いているという、いかにも九州の会社らしい質実剛健な社風もあって一般的にはそれほど有名ではない。
一方の不二越も、工場などで日常的にドリルや切削工具に触れたことのない人にとっては(たとえ「Nachi」というブランドを知っていたとしても)ほとんど聞いたことのないメーカーだと思う。
いずれも普通の人が身近に触れる最終製品(パソコンやテレビなど)を作っていない会社だからだ。
だが、実は日本の産業を支えているのは世界的に見ても高い技術的アドバンテージを持っているこれらの裏方的な企業なんだということは知っておいた方がいい。
ところで、今回対決した不二越も日本タングステンも、超硬合金の開発に関してはほとんど同業と言ってもいい。不二越が工具、ニッタンが素材という会社のカラーはあるけれど、似たような素材を相手に日々それぞれの研究開発にいそしんでいる。
両者が生み出す超硬合金の主成分はタングステンという重くて硬い金属で、1781年に世界で初めてこの金属を生み出したスウェーデンの言葉で「重い金属」を意味している。
以来、伝統的にスウェーデンの会社が強く、社員5万人、年間売上一兆円を超す世界最大の超硬工具メーカー「サンドビック」はスウェーデンに本社がある。
今回対決した不二越は町の名前や駅の名前まで社名が冠されていてかなりの巨大企業に見えるけど、グループ含め社員5600人、売上1600億円なので実はサンドビックのたった1/10の規模しかない。日本タングステンは社員377人、売上102億なのでそのさらに1/10だったりする。世界にはまだまだ上がいるのだ。
それはともかく、これらの企業が提供する超硬合金製品は極端な素材なので、やはりその用途は特殊な分野に限られており、スウェーデンほかアメリカ、イスラエルなどのメーカーを中心に軍用、航空・宇宙分野での需要が大きい。
逆に言うと日本のようにほとんどが民間向け中心でここまで超硬合金の研究開発が進んでいる国は他になく、この対決の前に不二越の堀氏が言われた「(最先端の)航空・宇宙分野に日本が貢献できるであろう、人工物としては世界最強の金属にきちんと穴を開けて、この金属が(単なるキワモノでなく有用な素材として)使えるという事を証明しなくてはいけない」という言葉は、じっくり読み解くときわめて深い。
そんなわけで、正月から日本メーカーの底力を見せつけられる素晴らしい番組だったのだけど、この先この対決がどうなっていくかという点にも興味がわく。
日本企業で超硬工具のトップメーカーは三菱マテリアルだが、優等生的な会社の性格からして勝敗の見えない勝負に出てくるとは考えにくい。海外大手では日本にも工場を構えるサンドビックがわずかに可能性があるかどうかといったところだろうか?
順当に行けばOSGの大沢氏が再戦を申し込んでくる可能性が最も高いとおもわれるが、さすがに三度目ともなるといささか執念深くて潔くない感じがする(エンジニアとしては逆に必要な資質だが)のでちょっと微妙。とすると、個人的には「ドリル」の定義を今以上に拡大解釈する方向に行くのではないかと予想。(OSGや不二越の製品はもはや「ドリル」とは言い難く、エンドミルに分類するべき)
例えば、超硬チップを先端に取り付けた特殊な切削工具(フェイスカッター)的なものや、ダイヤモンドの粉を混入したウォータージェットカッター、レーザー加工機などを無理矢理にでも「ドリル」として認めるかどうかというところだろうか?
いずれにしてもこれだけの名物企画に成長したのだから、諸外国のように軍需に頼らず、いかにも日本らしく民放のバラエティ番組で先端技術が進化するという不思議な現象の行末を最後まで見届けたいと思う。